サバディ・ヴィルモシュ
サバディ・ヴィルモシュは日本でもコアな人気がある人ですが、親日ぶりと演奏の素晴らしさから言えばもっと日本で人気があっていいはずです。
イニャス・プレイエル:バイオリン協奏曲、セレナーデ
iTunesで見つけやすくてヴィルモシュの魅力がよくわかる一枚がこちら。
なおサバディ・ヴィルモシュはハンガリー出身なので、ここではハンガリー式に姓のサバディを前に書いてますが、西洋式にヴィルモシュ・サバディと書いてあるサイトもあります。ジャケットでもヴィルモシュが先ですね。
Violin Concerto, Serenade (iTunes)
Pleyel: String Concertos (Complete), Vol. 2 (Amazon)
演奏者
- バイオリン:サバディ・ヴィルモシュ(Szabadi Vilmos)
- チェロ:サボー・ピーテル(Szabó Péter)
- オーケストラ:エルデーディ室内楽オーケストラ(Erdődy Chamber Orchestra)
- 指揮:セフツィク・ゾルト(Szefcsik Zsolt)
ハンガリー語のカナ表記は発音サイトを参考にしてます。おかしいのがあったら僕の耳のせいです。
収録曲
- Violin Concerto in D Major, Ben. 103: I. Allegro spirituoso
- Violin Concerto in D Major, Ben. 103: II. Largo
- Violin Concerto in D Major, Ben. 103: III. Rondo: Allegro
- Violin Concerto in D Major, Ben. 103A: III. Finale: Allegro
- Nocturne-Serenade, Op. 27, Ben. 201a: I. Allegro
- Nocturne-Serenade, Op. 27, Ben. 201a: II. Minuetto
- Nocturne-Serenade, Op. 27, Ben. 201a: III. Adagio
- Nocturne-Serenade, Op. 27, Ben. 201a: IV. Rondo: Allegro assai
前半のバイオリン協奏曲はヴィルモシュがそれはもう楽しそうです。オケはだいぶおとなしい感じ。
後半のセレナーデはチェロのサボー・ピーテルと共演ですが、ピーテルが遠慮しているのか実力差がありすぎるのか、やはりヴィルモシュ独演会のような感があります。
使用楽器
使用楽器は1778年製のロレンツォ・ストリオーニ。ストラドかグァルネリに比べると人気は一段落ちる楽器で、尖った感じの金属っぽい音色です。悪く言えばストラドより痩せた音、グァルネリより浅い音です。
しかしヴィルモシュはロレンツォ・ストリオーニの尖った音色を活かしてキレのいい演奏をしています。曖昧さがないという意味ではディラーナ・ジェンソンがジグムントーヴィチから引き出した音にも通じるものがありますが、ヴィルモシュはディラーナほど厳格な印象ではなく、もう少し音色の変化を遊んでいる中で、高精度にキメてやったぜというどこか誇らしげな感じがあります。厨二感と言っても少し違う、あえて言わば「クール厨二」でしょうか。
なお「ロレンツォ・ストリオーニ(Lorenzo Storioni)」の表記について、サバディ公式サイト日本語版には「ラレンティウス・ストリオーニ」と書いてあります。「ラウレンティウス」の書き間違いだと思います。英語ページではちゃんとLaurentiusになってます。製作年も日本語ページではなぜか1777年とされていますが、英語ページの1778年が本当でしょう。
「ストラディバリ」を「ストラディバリウス」と言ったり、「グァルネリ」を「グァルネリウス」とするのは18世紀当時の慣習に従ったラテン語表記です。ラウレンティウスもラテン語表記だと思います。
サバディ・ヴィルモシュとは?
サバディ・ヴィルモシュはハンガリーのバイオリニスト。1959年生まれ。ハンガリーの首都のブダペスト在住。
リスト・フェレンツ音楽大学でフェレンツ・ハラス(Ferenc Halász)に学びました。1983年に卒業してのち、1984年には同じリスト音楽院で史上最年少の教職員となり、2016年にはバイオリン部門の主任教授になっています。
卒業後、ヴェーグ・シャーンドル、ルッジェーロ・リッチ、ロラント・フェニヴェシュ(Loránt Fenyves)の教えを受けます。ヴェーグはイェネー・フバイの弟子で、ハンガリー出身つながりですね。リッチはアドルフ・ブッシュの系譜にいるドイツ系の人。サバディはヴェーグ経由でフバイの弟子筋と見ておくのがよいかと思います。アウアー系のきっちり感とは少し違った気難しい渋い感じがある気がします。
1988年に、ゲオルグ・ショルティとロンドン・フィルハーモニーの招きを受けて、ロンドン・フェスティバル・ホールで開かれたバルトーク・ガーラ・コンサートでバルトークのバイオリン協奏曲第2番を演奏します。これがヴィルモシュの国際的な活動の節目になっている模様です。
1992年には恩人ショルティの80歳の誕生日コンサートでも演奏(というかショルティの誕生日コンサートなんてあったんですねw)。
1995年、マドリードのアウディトリオ・ナシオナールで、1701年製ストラディバリウスを持って演奏。
同じ1995年に、ケストヘイ室内楽祭の立ち上げに芸術監督として関わります。1999年にはウィーン・ベルヴェデーレ・トリオを結成し、翌年にコンサートデビュー。
2012年にピアニストの岩崎由佳と結婚しています。その縁か、最近は毎年のように来日公演をしている模様です。
以下受賞歴。
- 1982年 ハンガリアン・ラジオ・バイオリンコンクール優勝、審査員特別賞
- 1983年 イェネー・フバイ・バイオリンコンクール優勝、審査員特別賞
- 1985年 シベリウス国際バイオリンコンクール 3位
- 1993年 ハンガリー政府からリスト賞
- これは大学のサイトには1992年とありますがヴィルモシュのサイトでは1993年とされています。詳細未確認です。
- 1999年 ハンガロトン賞、バルトーク・パストリー賞
- 1999年 MIDEM音楽祭で入賞(ドホナーニのバイオリン協奏曲)
- 2002年 MIDEM音楽祭で入賞(2回目、バルトークの未完成ソナタ)
- 2012年 PRIMA賞
公式サイトにはヴィルモシュが59枚のCD/LP/CDVを録音したとあります。すごいですね。さだまさしみたいですね。CDVというのはCD Videoのことで、1987年から1991年ごろのわずか数年にだけ流通して広まらなかった媒体であるらしいです。
何年かおきには目立ったトピックがあり、30年以上のキャリアを通じて名声が途絶えたことはないと言うべきでしょう。
極限まで趣味のいいことだけをしたい日におすすめ!
紹介したイニャス・プレイエルの録音はもちろんのこと、ロレンツォ・ストリオーニという知る人ぞ知る楽器から渋く持ち味を引き出すサバディ・ヴィルモシュは、ほかにも知る人ぞ知る作曲家の曲でたくさんの録音を残している、知る人ぞ知るヴィルトゥオーゾです。きわめて趣味がよく上品なプレイヤーです。
上品と言うなら永遠のナタン・ミルシテインがいるわけですが、ミルシテインが自信満々に演奏する有名曲を聞くのがどこか気恥ずかしく思える日曜日なんかにサバディ・ヴィルモシュはおすすめできます。
アンナ・カタリナ・クレンツライン
バイオリンと言えばクラシックですが、バイオリニストの仕事はクラシックのほかにもあります。
たとえば、映画音楽。『シンドラーのリスト』のメインテーマはイツァーク・パールマンが演奏しています。
あるいは、ポピュラー。さだまさしは鷲見三郎の弟子です。
中でもかなり異色に振り切っているのが、アンナ・カタリナ・クレンツラインです。
アンナ・カタリナ・クレンツラインとは?
アンナ・カタリナ・クレンツライン(Anna Katharina Kränzlein)は、ドイツのバイオリニスト。女性。1980年11月7日生まれ。ドイツ南部のフュルステンフェルトブルック出身。別の芸名としてアンナ・カタリナ(Anna Katharina)とも。
ジャンルは中世フォークロック(Medieval folk rock)、あるいはフォークメタル(Folk metal)。
なんだそりゃ、と思う方が大半でしょう。僕にもよくわかりません。
英語のfolkは日本で言うフォークソングのことではなく、「民族音楽」のことです。
フォークメタルは日本でも多少知名度があるようで、ヘヴィメタルから派生して民族音楽を取り入れたスタイルのことらしいです。
中世フォークロックはWikipedia日本語版には項目がありません。本家のページによると、1970年代にイングランドとドイツで始まったジャンルで、中世からバロックぐらいまでの古い音楽を取り込んだものだそうですが…言われてもわかりませんね。
聞けばわかると思います。こういうのです。
20秒ぐらいで、アンナ・カタリナが飛び跳ねながら演奏しています。ロックなので飛び跳ねるようです。
再びWikipediaによれば、アンナ・カタリナは中世フォークロックのバンド「シャントマウル」の発足メンバーです。この動画に写っているのがシャントマウルかどうかよくわかりませんが、アンナ・カタリナの音楽はこういうのだと思ってよさそうです。
56秒ぐらいでアンナが謎の楽器のハンドルを回してるのが見えます。この楽器はハーディ・ガーディというものです。ハーディ・ガーディはヨーロッパの民族音楽で伝統的に使われてきた楽器で、起源は11世紀にまでさかのぼると言います。聞いてのとおり、だいたいバイオリンの音色なのですが、ヴィブラートとか細かいデュナーミクがつかない、ちょっと機械っぽい独特の音が出ます。
アンナはほかにもビオラ、リコーダー、フルートを使います。歌もちょっと歌います。バイオリンを始めたのは8歳から。12歳の1992年には地元の楽団のコンサートマスターに。地元と言っても田舎の町内会みたいなものではないようです。プフハイム・ユース室内管弦楽団というのがその楽団ですが、アンナを連れて世界的に演奏旅行を行っています。行った先はイタリア、ハンガリー、デンマーク、ベルギー、オランダ、日本。
日本にも来てるのに、日本であんまり知られてないんですね。
ドイツ青少年音楽コンクールJugend musiziertでは8回優勝。14歳でピアノも始めます。このときピアノを教えてくれた女性の息子が、のちにシャントマウルのギタリストとして一緒に演奏することになります。
シャントマウルとは?
シャントマウル結成は1998年。1回のコンサート限りで解散の予定でしたが、グレーベンツェルで開かれたコンサートがあまりに好評で「CDを出してほしい」という声も強かったので存続に。CDを出せば大ヒット。Wikipediaには "Their recordings sold more than 300,000 items." とありますが、最初は自主制作音楽だったので、いきなり30万枚売れたとはちょっと思えません(それだったら 300,000 copiesって言うはずだし)。あとの時代も含めて全作累計で30万枚ということだと思います。
アンナがハーディ・ガーディを手にしたのは2000年。シャントマウルの2作目のアルバムで早速演奏しています。2001年にはザール音楽大学に入学。在学中に大御所マキシム・ヴェンゲーロフと共演もしています。
シャントマウルでは自主制作音楽の時代が4年ほど経って、2002年にはメジャーデビューが叶います。その後2006年まで毎年新譜を数枚出しています。
アンナ・カタリナのソロ作品
2007年、アンナ・カタリナがソロデビューします。ファーストアルバム "Neuland"(ノイラント、新天地)はハーディ・ガーディもフル回転してトンがった感じが印象的なおすすめの一枚です。
NEULAND(CD)
Neuland(mp3)
曲目
- Czardas
- Die Bergkönigin
- Carmen: Habanera
- Introduction Et Rondo Capriccioso op. 28
- Amelie
- Dügün
- Che Faro
- Vazou
- La Follia
ここまでの説明で色物系のアーティストだと思った方もいるでしょうが、聞いてみれば演奏は非常にしっかりした感じです。ドイツの全国コンクールで8回優勝とか伊達じゃないです。
曲はポップスにだいぶ寄せて編曲してます。と言ってもバリバリ鳴らす系ではなく楽器の音色をきっちり聞かせる構成なので、ふだんロックとかあんまり聞かない人にも違和感ないと思います。
ハバネラとケファロは歌ってます。けっこうかわいい。
アンナ・カタリナのソロアルバムは2012年までに3枚出ています。
「新旧合体」に飽き飽きした人にこそおすすめ!
クラシック出身のバイオリニストが、ロックやポップスのヒット曲をアレンジして弾いたり、逆にクラシックの定番曲をポップス風に編曲して弾くといった企画は掃いて捨てるほどあります。
その手の安直な「古い音楽と新しい音楽の融合」に、繰り返し聴きたくなるようなものはほとんどありません。そんなに簡単に融合するなら別のものになってないです。
アンナ・カタリナ・クレンツラインは、ポピュラーに行くにしてもちょっと(いや、かなり)マニアックな方向性に走っています。参照されているのはサウンド重視路線のロックやメタルです。その結果、バイオリンとハーディ・ガーディの音色がごく自然な感じでギターやドラムと引き立て合っています。「融合」とはこういうことだったのではないかと思わされます。
安直な「新旧合体」がうまくいかないのは、「新しい」「古い」とされたものの観察が足りないからではないか。「古い」とされるものは実はサウンド重視・クオリティ重視に偏っていて、「新しい」ものの中でも相性があるのではないか。つまり「若い人にもクラシックの素晴らしさをわかってもらおう」なんて甘い考えは通用しないのではないか…。
だからこそ、アンナ・カタリナ・クレンツラインは何かを突破する力を持っていると思います。クラシックを聴いていた人に「ロックとやらも悪くないな」と思わせる、逆にメタルが好きな人に「バイオリンもいい音出るんだな」と思わせる。新旧の間の最短距離を発見したところにアンナ・カタリナ・クレンツラインの独自性があって、冒頭に引いた動画で熱狂する若者たちはそこに感動してるんじゃないかと思います。
ダニエル・ロザコヴィッチ
ドイツ・グラモフォン契約演奏者の中で当世最年少のダニエル・ロザコヴィッチは、若いだけでなくすでにきわめて個性的なスタイルを持っていて、順当に行けば「21世紀のハイフェッツ」と呼ばれるのも時間の問題ではないかと思います。
大まかなプロフィールについてはこういうのを見ていただくとして。
https://www.universal-music.co.jp/daniel-lozakovich/biography/
8歳でスピヴァコフの目に止まるって、やっぱり特別だと思うんですよ。ギトリスのプッシュもあってたちまちスターダムへ、そして初のアルバム録音が2018年6月8日発売のこちら。
https://www.amazon.co.jp/o/ASIN/B07BYWVLYM/eighthashi-22
ボウイングの変化がものすごく大振りで、粘りつくような音色とポルタメントはティボーとかエルマンを思わせつつさらに装飾的で、引きつけては驚かせるデュナーミクもキレッキレです。ちょっと似たスタイルの人を思いつかない。強いて言えばデュメかもしれませんが、ポップ路線のデュメとは明らかに違う渋い音色もまた印象的です。楽器はカルロ・ジュゼッペ・オドーネという知らない人。
昨今の若手バイオリニストには、機械のように正確であることとともに、大人びていることも強く求められるようになっていると思います。ピアニッシモで繊細な仕事をするアリーナ・ポゴストキーナとか。古老のように渋く乾いた音色を出すセルゲイ・ハチャトリアンとか。この傾向はたぶん、水が上から下に流れるような歴史の必然なのだろうと思うのですが、その結果として、サラサーテとかクライスラーのような、もう楽しくて仕方ないといった演奏は夢にも望めなくなっている。ジェニファー・パイクにはその気配が感じ取れるので好きなのですが、脱線はこのぐらいにしておいて。
ロザコヴィッチもまた、大人びた、いっそ爺むさいと言いたいほどの、熟練を見せつける横顔があります。そもそも「驚異の新人登場!」というアルバムであればだいたいブルッフかシベリウスと相場が決まっているところ、いきなりバッハで勝負に来たというところにもメッセージがある気がします。
しかし、この人の特別なのは、さめざめと声を上げて泣くようなビブラートで表現される、芝居がかった、「偽史的」と言うしかない装飾です。思うに先輩レイ・チェンの路線をさらに発展させるとこうなるのではないか。音楽がロマンティックな=感情を無防備に表現するものでありえるかもしれないという美しい嘘に、どうやって説得力を与えるか。それは「古であり典であるところの」バッハという基本語彙をこっそり書き換えることによって可能となった……という好き勝手な深読みがどの程度当たっているかは、もちろんこの文章の読者に委ねるしかないところです。それでもなお、同日発売のレイ・チェンの”The Golden Age”が、ブルッフをポップに弾いてみせるという「基本語彙の書き換え」を試みていることは、いかにもロザコヴィッチと対照的に見えると言い添えておきます。
とそんなわけでロザ公の強烈な個性にすっかりやられてしまったので、2018年6月9日のミューザ川崎の公演に行ってきました。
曲はメンコン、オケはアンドレス・オロスコ=エストラーダが指揮するフランクフルト放送交響楽団。S席取ったぜ。前から4列目、ものすごく近い。ソリストの背後だけどな。
はにかんだ表情で登場するロザ公。意外と上背ある。でも細い。悠然と始まる演奏、冒頭から例のさめざめ節で飛ばしてくれます。後ろから見ていると、全身を使って弾いているのがわかる。勢い余って背伸びしたりもする(かわいい)。身長が足りなかったころに習得した技なのか?強い音は客席のほうを向いて、オケを聞かせたいところは横を向いて弾いたりもしている。大きいデュナーミクで、ハッとするような斬新な解釈がくっきりと提示される。
アタッカ気味に第2楽章は、打って変わって尖った音色。この違いを聞かせたいのがはっきりわかる。第3楽章は指揮者と目を合わせて、軽くうなずいてスタート。アウフヘーベンして変化に富んだ音色。
弾き終えて客席はスタンディングオベーション。ロザ公、やはりはにかんだ表情。きみ昨日今日コンサート始めた人じゃないでしょ。アンコールは新盤から、アレマンド。5分以上ある曲だぜ。サービス精神旺盛だぜ。緊張が切れたのか、メンコンよりいくぶんミスタッチが増えている印象。再び拍手を受けて、一緒に下がった指揮者に「もう一丁行ってこい!」と言われたか、アンコール2曲め。”Johann Sebastian Bach… Sarabande.”という口上に、場内からは思わず笑い声。2曲も仕込んでなかったんだね(かわいい)。サラバンドのほうはさらにミスタッチが増えた印象でしたが、それでもさめざめとした持ち味をしっかり聞かせてくれました。
と、舞台の上ではまだ初々しいところも(キャリアは10年近いはずなのに)目立ったロザ公ですが、YouTubeで見られるいくつかの演奏では大変な舞台度胸を発揮してもいて、この先の舞台では歴史に残る名演をいくつも生み出してくれるだろうと思うと目が離せません。