日本人が知らないバイオリニスト

好きなバイオリニストのことを書きます。内容はすべて主観です。

ダニエル・ロザコヴィッチ

ドイツ・グラモフォン契約演奏者の中で当世最年少のダニエル・ロザコヴィッチは、若いだけでなくすでにきわめて個性的なスタイルを持っていて、順当に行けば「21世紀のハイフェッツ」と呼ばれるのも時間の問題ではないかと思います。

大まかなプロフィールについてはこういうのを見ていただくとして。

https://www.universal-music.co.jp/daniel-lozakovich/biography/

8歳でスピヴァコフの目に止まるって、やっぱり特別だと思うんですよ。ギトリスのプッシュもあってたちまちスターダムへ、そして初のアルバム録音が2018年6月8日発売のこちら。

https://www.amazon.co.jp/o/ASIN/B07BYWVLYM/eighthashi-22

ボウイングの変化がものすごく大振りで、粘りつくような音色とポルタメントはティボーとかエルマンを思わせつつさらに装飾的で、引きつけては驚かせるデュナーミクもキレッキレです。ちょっと似たスタイルの人を思いつかない。強いて言えばデュメかもしれませんが、ポップ路線のデュメとは明らかに違う渋い音色もまた印象的です。楽器はカルロ・ジュゼッペ・オドーネという知らない人。

昨今の若手バイオリニストには、機械のように正確であることとともに、大人びていることも強く求められるようになっていると思います。ピアニッシモで繊細な仕事をするアリーナ・ポゴストキーナとか。古老のように渋く乾いた音色を出すセルゲイ・ハチャトリアンとか。この傾向はたぶん、水が上から下に流れるような歴史の必然なのだろうと思うのですが、その結果として、サラサーテとかクライスラーのような、もう楽しくて仕方ないといった演奏は夢にも望めなくなっている。ジェニファー・パイクにはその気配が感じ取れるので好きなのですが、脱線はこのぐらいにしておいて。
ロザコヴィッチもまた、大人びた、いっそ爺むさいと言いたいほどの、熟練を見せつける横顔があります。そもそも「驚異の新人登場!」というアルバムであればだいたいブルッフシベリウスと相場が決まっているところ、いきなりバッハで勝負に来たというところにもメッセージがある気がします。
しかし、この人の特別なのは、さめざめと声を上げて泣くようなビブラートで表現される、芝居がかった、「偽史的」と言うしかない装飾です。思うに先輩レイ・チェンの路線をさらに発展させるとこうなるのではないか。音楽がロマンティックな=感情を無防備に表現するものでありえるかもしれないという美しい嘘に、どうやって説得力を与えるか。それは「古であり典であるところの」バッハという基本語彙をこっそり書き換えることによって可能となった……という好き勝手な深読みがどの程度当たっているかは、もちろんこの文章の読者に委ねるしかないところです。それでもなお、同日発売のレイ・チェンの”The Golden Age”が、ブルッフをポップに弾いてみせるという「基本語彙の書き換え」を試みていることは、いかにもロザコヴィッチと対照的に見えると言い添えておきます。

とそんなわけでロザ公の強烈な個性にすっかりやられてしまったので、2018年6月9日のミューザ川崎の公演に行ってきました。
曲はメンコン、オケはアンドレス・オロスコ=エストラーダが指揮するフランクフルト放送交響楽団。S席取ったぜ。前から4列目、ものすごく近い。ソリストの背後だけどな。
はにかんだ表情で登場するロザ公。意外と上背ある。でも細い。悠然と始まる演奏、冒頭から例のさめざめ節で飛ばしてくれます。後ろから見ていると、全身を使って弾いているのがわかる。勢い余って背伸びしたりもする(かわいい)。身長が足りなかったころに習得した技なのか?強い音は客席のほうを向いて、オケを聞かせたいところは横を向いて弾いたりもしている。大きいデュナーミクで、ハッとするような斬新な解釈がくっきりと提示される。
アタッカ気味に第2楽章は、打って変わって尖った音色。この違いを聞かせたいのがはっきりわかる。第3楽章は指揮者と目を合わせて、軽くうなずいてスタート。アウフヘーベンして変化に富んだ音色。
弾き終えて客席はスタンディングオベーション。ロザ公、やはりはにかんだ表情。きみ昨日今日コンサート始めた人じゃないでしょ。アンコールは新盤から、アレマンド。5分以上ある曲だぜ。サービス精神旺盛だぜ。緊張が切れたのか、メンコンよりいくぶんミスタッチが増えている印象。再び拍手を受けて、一緒に下がった指揮者に「もう一丁行ってこい!」と言われたか、アンコール2曲め。”Johann Sebastian Bach… Sarabande.”という口上に、場内からは思わず笑い声。2曲も仕込んでなかったんだね(かわいい)。サラバンドのほうはさらにミスタッチが増えた印象でしたが、それでもさめざめとした持ち味をしっかり聞かせてくれました。

と、舞台の上ではまだ初々しいところも(キャリアは10年近いはずなのに)目立ったロザ公ですが、YouTubeで見られるいくつかの演奏では大変な舞台度胸を発揮してもいて、この先の舞台では歴史に残る名演をいくつも生み出してくれるだろうと思うと目が離せません。