日本人が知らないバイオリニスト

好きなバイオリニストのことを書きます。内容はすべて主観です。

アンナ・カタリナ・クレンツライン

バイオリンと言えばクラシックですが、バイオリニストの仕事はクラシックのほかにもあります。

たとえば、映画音楽。『シンドラーのリスト』のメインテーマはイツァーク・パールマンが演奏しています。

あるいは、ポピュラー。さだまさしは鷲見三郎の弟子です。

中でもかなり異色に振り切っているのが、アンナ・カタリナ・クレンツラインです。

 

アンナ・カタリナ・クレンツラインとは?

アンナ・カタリナ・クレンツライン(Anna Katharina Kränzlein)は、ドイツのバイオリニスト。女性。1980年11月7日生まれ。ドイツ南部のフュルステンフェルトブルック出身。別の芸名としてアンナ・カタリナ(Anna Katharina)とも。

ジャンルは中世フォークロック(Medieval folk rock)、あるいはフォークメタル(Folk metal)。

なんだそりゃ、と思う方が大半でしょう。僕にもよくわかりません。

英語のfolkは日本で言うフォークソングのことではなく、「民族音楽」のことです。

フォークメタルは日本でも多少知名度があるようで、ヘヴィメタルから派生して民族音楽を取り入れたスタイルのことらしいです。

中世フォークロックはWikipedia日本語版には項目がありません。本家のページによると、1970年代にイングランドとドイツで始まったジャンルで、中世からバロックぐらいまでの古い音楽を取り込んだものだそうですが…言われてもわかりませんね。

聞けばわかると思います。こういうのです。

20秒ぐらいで、アンナ・カタリナが飛び跳ねながら演奏しています。ロックなので飛び跳ねるようです。

再びWikipediaによれば、アンナ・カタリナは中世フォークロックのバンド「シャントマウル」の発足メンバーです。この動画に写っているのがシャントマウルかどうかよくわかりませんが、アンナ・カタリナの音楽はこういうのだと思ってよさそうです。

56秒ぐらいでアンナが謎の楽器のハンドルを回してるのが見えます。この楽器はハーディ・ガーディというものです。ハーディ・ガーディはヨーロッパの民族音楽で伝統的に使われてきた楽器で、起源は11世紀にまでさかのぼると言います。聞いてのとおり、だいたいバイオリンの音色なのですが、ヴィブラートとか細かいデュナーミクがつかない、ちょっと機械っぽい独特の音が出ます。

アンナはほかにもビオラ、リコーダー、フルートを使います。歌もちょっと歌います。バイオリンを始めたのは8歳から。12歳の1992年には地元の楽団のコンサートマスターに。地元と言っても田舎の町内会みたいなものではないようです。プフハイム・ユース室内管弦楽団というのがその楽団ですが、アンナを連れて世界的に演奏旅行を行っています。行った先はイタリア、ハンガリーデンマーク、ベルギー、オランダ、日本。

日本にも来てるのに、日本であんまり知られてないんですね。

ドイツ青少年音楽コンクールJugend musiziertでは8回優勝。14歳でピアノも始めます。このときピアノを教えてくれた女性の息子が、のちにシャントマウルのギタリストとして一緒に演奏することになります。

シャントマウルとは?

シャントマウル結成は1998年。1回のコンサート限りで解散の予定でしたが、グレーベンツェルで開かれたコンサートがあまりに好評で「CDを出してほしい」という声も強かったので存続に。CDを出せば大ヒット。Wikipediaには "Their recordings sold more than 300,000 items." とありますが、最初は自主制作音楽だったので、いきなり30万枚売れたとはちょっと思えません(それだったら 300,000 copiesって言うはずだし)。あとの時代も含めて全作累計で30万枚ということだと思います。

アンナがハーディ・ガーディを手にしたのは2000年。シャントマウルの2作目のアルバムで早速演奏しています。2001年にはザール音楽大学に入学。在学中に大御所マキシム・ヴェンゲーロフと共演もしています。

シャントマウルでは自主制作音楽の時代が4年ほど経って、2002年にはメジャーデビューが叶います。その後2006年まで毎年新譜を数枚出しています。

アンナ・カタリナのソロ作品

2007年、アンナ・カタリナがソロデビューします。ファーストアルバム "Neuland"(ノイラント、新天地)はハーディ・ガーディもフル回転してトンがった感じが印象的なおすすめの一枚です。

NEULAND(CD)

Neuland(mp3)

Neuland (iTunes)

曲目

  1. Czardas
  2. Die Bergkönigin
  3. Carmen: Habanera
  4. Introduction Et Rondo Capriccioso op. 28
  5. Amelie
  6. Dügün
  7. Che Faro
  8. Vazou
  9. La Follia

ここまでの説明で色物系のアーティストだと思った方もいるでしょうが、聞いてみれば演奏は非常にしっかりした感じです。ドイツの全国コンクールで8回優勝とか伊達じゃないです。

曲はポップスにだいぶ寄せて編曲してます。と言ってもバリバリ鳴らす系ではなく楽器の音色をきっちり聞かせる構成なので、ふだんロックとかあんまり聞かない人にも違和感ないと思います。

ハバネラとケファロは歌ってます。けっこうかわいい。

アンナ・カタリナのソロアルバムは2012年までに3枚出ています。

「新旧合体」に飽き飽きした人にこそおすすめ!

クラシック出身のバイオリニストが、ロックやポップスのヒット曲をアレンジして弾いたり、逆にクラシックの定番曲をポップス風に編曲して弾くといった企画は掃いて捨てるほどあります。

その手の安直な「古い音楽と新しい音楽の融合」に、繰り返し聴きたくなるようなものはほとんどありません。そんなに簡単に融合するなら別のものになってないです。

アンナ・カタリナ・クレンツラインは、ポピュラーに行くにしてもちょっと(いや、かなり)マニアックな方向性に走っています。参照されているのはサウンド重視路線のロックやメタルです。その結果、バイオリンとハーディ・ガーディの音色がごく自然な感じでギターやドラムと引き立て合っています。「融合」とはこういうことだったのではないかと思わされます。

安直な「新旧合体」がうまくいかないのは、「新しい」「古い」とされたものの観察が足りないからではないか。「古い」とされるものは実はサウンド重視・クオリティ重視に偏っていて、「新しい」ものの中でも相性があるのではないか。つまり「若い人にもクラシックの素晴らしさをわかってもらおう」なんて甘い考えは通用しないのではないか…。

だからこそ、アンナ・カタリナ・クレンツラインは何かを突破する力を持っていると思います。クラシックを聴いていた人に「ロックとやらも悪くないな」と思わせる、逆にメタルが好きな人に「バイオリンもいい音出るんだな」と思わせる。新旧の間の最短距離を発見したところにアンナ・カタリナ・クレンツラインの独自性があって、冒頭に引いた動画で熱狂する若者たちはそこに感動してるんじゃないかと思います。