日本人が知らないバイオリニスト

好きなバイオリニストのことを書きます。内容はすべて主観です。

胡乃元

胡乃元が日本でだけ知られてないのも理解に苦しむ現実です。

胡乃元はジョゼフ・ギンゴルトの弟子。つまりウジェーヌ・イザイの流れを汲む正統派のプレイヤーです。

地元の台湾ではもちろんブッチギリの人気です。

世界の映画好きには2001年の「ニューヨークの恋人」(Kate & Leopold)に出演したことでも知られています。

 

ツィゴイネルワイゼン、ツィガーヌほか

胡乃元のおすすめの一枚がこちら。

The Poetic Violin of Nai-Yuan Hu (Amazon)

The Poetic Violin of Nai-Yuan Hu (iTunes)

  • バイオリン:胡乃元(Nai-Yuan Hu)
  • オーケストラ:ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(Royal Philharmonic Orchestra)
  • 指揮:陳秋盛(Chen Chiu-sen)
  1. Zigeunerweisen, Op. 20
  2. Tzigane
  3. Introduction and Rondo Capriccioso, Op. 28
  4. Poeme for Violin and Orchestra, Op. 25
  5. Concert Fantasies on Carmen, Op. 25

胡乃元の使用楽器は「イェネー・フバイが使っていた1727年製のストラディバリウス」という噂がありますが、ちょっと真偽不明です。デマならこういうディテールは出てこないのでおそらく本当だと思いますが。

この録音は、ストラドにしては乾いて土臭い感じの音色を出しています。軋ませたり頼りなく震わせたりしてパセティックです。こういう泣きの演奏ができるのはやっぱり地方出身者じゃないかなあなどと素人目に思います。イザイもフバイももっと健康な感じであるイメージを持ってます。なんとなくですが。

胡乃元とは?

胡乃元(フー・ナイユアン)は1961年生まれ、台湾の台南市出身のバイオリニスト。

5歳でバイオリンを始め、8歳のときには台湾国立ユースオーケストラを相手にソロで演奏しています。

1972年、11歳のころにアメリカに渡りました。最初はイェール大学でブローダス・アールとジョゼフ・シルバースタインに学びます。

ブローダス・アールはレオポルト・アウアーの孫弟子にあたり、マリン・オールソップも教えた人です。ジョゼフ・シルバースタインはエフレム・ジンバリストから教わったアウアー系でありつつ、ギンゴルトにも教えを受け、1959年にエリザベートで2位を取った人。

胡はインディアナ大学に移ってギンゴルトから直接教わるようになります。シルバースタインの紹介でしょうか。卒業後はギンゴルトのアシスタントに。ギンゴルトは1909年生まれなのでこのころ70近くです。

ギンゴルトの弟子にはハイメ・ラレードとかレオニダス・カバコスとか、なんかちゃらい感じで好きになれない人もいるイメージですが、胡にはそのあたりと一線を画してい

ると言いたい個性を感じます。

1985年にはエリザベート王妃国際音楽コンクール優勝。以後もコンセルトヘボウと共演したり各地で演奏しています。

東京フィルハーモニー交響楽団とも、東京メトロポリタンオーケストラとも共演してます。なのに日本で知られてない…。

2004年、胡は「台湾コネクション」という音楽祭を立ち上げます。室内楽を盛り上げるための音楽祭であるとのことです。

ネットの情報では1985年から2004年の間に何があってそんなに偉くなったのかよくわからないのですが、2001年のKate & Leopoldのころには相当に偉かったのしょう。

ジェラード・シュワルツ指揮のシアトル交響楽団と共演したゴルトマルクとブルッフの2番が定番である模様。

Romantic Violin Concerti

演奏年はちょっと不明ですが、amazonでCDの日付が1995年になってるのでそこが下限でしょう。上でおすすめしたPoeticよりもくっきりとした明るめの演奏です。

2012年と2015年にはエリザベートの審査員も務めています。現在はニューヨーク在住である模様。

独墺系のマッチョな演奏で耳が疲れた人におすすめ!

胡乃元の魅力は優しくて悲しい独特の震えにあると思います。ストラドなのに細く萎れた音です。この美意識はハイフェッツ諏訪内晶子からは決して出てこない種類のものだと思います。堀米ゆず子の妖艶とは違った意味で、胡乃元も東洋出身であることを活かして「エキゾチック」というイメージを身にまとうことに成功しているのではないでしょうか。

レイ・チェン

レイ・チェンの名声は輝かしい受賞歴にとどまらず、史上最年少の27歳でユーディ・メニューイン国際コンクールの審査員を務めるなど突き抜けたものがあるのですが、なぜか日本では知られていません。

 

モーツァルト:バイオリン協奏曲第3番・第4番、バイオリンソナタ第22番

2016年現在でレイ・チェンの最新のレコーディングがこちら。2014年1月発売なので録音は2013年でしょうか。

モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番・第4番 他 (Amazon)

Mozart: Violin Concertos & Sonata (iTunes)

曲目

  1. モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K216 第1楽章 アレグロ
  2. モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K216 第2楽章 アダージョ
  3. モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K216 第3楽章 ロンド
  4. モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番 ニ長調 K218 第1楽章 アレグロ
  5. モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番 ニ長調 K218 第2楽章 アンダンテ・カンタービレ
  6. モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番 ニ長調 K218 第3楽章 ロンド
  7. モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第22番 イ長調 K305 第1楽章 アレグロ・ディ・モルト
  8. モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第22番 イ長調 K305 第2楽章

演奏者

  • レイ・チェン(Ray Chen):バイオリン
  • シュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭オーケストラ:オーケストラ
  • クリストフ・エッシェンバッハ(Christoph Eschenbach):指揮

華やかで自由自在なスタイル

一貫して明るく透明な音色で、デュナーミクが華やかに大きく、「お茶目なモーツァルト」を演じきったという印象です。第1楽章の7:56あたりで微妙に音程外してたりするのはご愛嬌。動作は終始身軽でなめらかです。エッシェンバッハも調子を合わせてポンポン弾む軽い感じで振ってます。

プロフィールで触れますが、レイ・チェンはドロシー・ディレイの系譜に位置付けられます。ディレイ系と思って聞けばむべなるかなと思えるポップ感と安定感が魅力です。

レイ・チェンとは?

レイ・チェン(Ray Chen、陳銳)は台湾生まれオーストラリア育ちのバイオリニスト。1989年3月6日台北生まれ。以下主にWikipediaから。

神童オリンピックの幕を開ける

4歳でバイオリンを始め、オーストラリアのクイーンズランドで鈴木メソッドの教育を受けます。いつ台湾からオーストラリアに移ったかは未確認。8歳でクイーンズランド交響楽団を相手にソロ演奏をしています。1998年の長野オリンピック開会式でも演奏しました。マジか。当時8歳。

1999年には、オーストラリアのラジオ局の4MBSによる「Young Space Musician of the Year」に選ばれました。最も若く才能ある音楽家としてオーストラリア音楽試験委員会(AMEB)によるシドニー・メイ記念学位を獲得。11歳でAMEBの免許を取得。AMEBというのがオーストラリアでどういう位置付けなのかよくわかりませんが、なにしろ超飛び級音楽大学を出たに近い何事かだろうと思います。

13歳でオーストラリア国家ユース・コンツェルト競技会で優勝。2002年でしょうか。2004年にユーディ・メニューイン国際コンクールのジュニア部門で3位。

2005年にはオーストラリア国家ケンドール・バイオリン競技会で優勝。固有名詞は適当に訳してます。

2006年と2007年の夏に、クリーブランド音楽大学の夏季限定セッションであるアンコール弦楽スクールに参加。そこでデイヴィッド・セロンDavid Ceroneに教わります。2008年にはアスペン音楽祭に参加。アスペン音楽祭というのは演奏家の教育目的で開かれるもので、つまりチェンとしては武者修行に行ったということですね。ここでチョーリャン・リン、ポール・カンターに教わります。full tuition fellowshipというのはたぶん、完全学費免除の特待生ということでしょう。リン、カンターともにドロシー・ディレイの高弟。というわけでレイ・チェンはディレイの嫡孫と言ってよさそうです。

2008年4月、メニューインのシニア部門で優勝。当時19歳。審査員だったマキシム・ヴェンゲーロフの目に留まり、ヴェンゲーロフが指揮するマリインスキー劇場管弦楽団とペテルブルグで共演してデビューを飾ったうえ、続いてアゼルバイジャンの首都バクーで開かれた国際ロストロポーヴィチ音楽祭でState Symphony Orchestraと共演。ヴェンゲーロフもザハール・ブロンの弟子、すなわちディレイの系譜にある人です。

チェンの学業はカーティス音楽大学でアーロン・ロザンドの指導のもとに学士号を取得してひとまず完成します。

学位取得後の演奏活動

2009年、エリザベート王妃音楽コンクールで優勝。

2010年にソニー・クラシカルと契約。同じ2010年にオーストラリアのメルバ・レコーディングスMelba Recordingsからストラヴィンスキーの録音を出していますが、ソニーの前ということでしょうか。ソニーからは初の2011年に出たアルバムがその名もVirtuoso。移籍後第1作でヴィルトゥオーゾだぜ。まあエリザベートの優勝者は4年に1人ぐらいしか出ないので、その一点を取ってもヴィルトゥオーゾを名乗る資格はあるでしょう。メニューイン公式サイトトップページで、過去の受賞者を代表してチェンの顔が大きく使われていることからもその名声が窺い知れるというものです。Virtuosoの中身はバッハ・フランク・タルティーニ・ヴィエニヤフスキーです。

2012年にはチャイコンとメンコンの録音も出しています。

同じく2012年、毎年12月8日に開かれるノーベル賞コンサートでブルッフの協奏曲第1番をロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団と共演。

2016年には縁深いメニューインコンクールで史上最年少の審査員を務めます。使用楽器は「1715年製のストラディバリウス「ヨアヒム」」という記述がある一方で、2009年から3年間は日本音楽財団からストラディバリウス「ハギンズ」を貸与されていたとあり、仮にブランクがないとすればソニーの最初の2枚は「ハギンズ」で、最後のモーツァルトは「ヨアヒム」で録音されたことになります。

楽器には詳しくないのですが、「ヨアヒム」ってヨーゼフ・ヨアヒムのことでしょうか。近代バイオリンの始祖というべき人の名前を背負って演奏するってすごいですね。

ちゃらいディレイで何が悪いのか

レイ・チェンはちょっと聞けば「わかりやすい変化を強調し、メカニックが正しく、その反面個性的な音色を出すことはまれ」というディレイ系の特徴を強く表しています。

しかし、お人形のように行儀のいい演奏で何が悪いのかと思わされる人が多いのもまたディレイ系のクオリティです。レイ・チェンの明るく華やかな音色はその代表と言いたいところがあります。

居並ぶ個性派の演奏を聞き疲れて、たまにはヌルく頭悪く、BGMとして音楽を流してみたいときにレイ・チェンはお勧めできます。

と言うと褒めてるのか貶してるのかわかりませんが、そんなレイ・チェンが大好きです。

ピョートル・ストリャルスキー

ピョートル・ストリャルスキーほどの偉人についてにわか仕込みで語るのは無謀なことと知りつつ、偉人なのにネットには日本語の情報がほとんど出ていないのでざっくり紹介します。

 

ピョートル・ストリャルスキーとは?

ピョートル・ストリャルスキー(Pyotr Solomonovich Stolyarsky)は、ソヴィエトのバイオリニストでバイオリン教育者。教育者としての顔のほうが有名です。

以下、例によって本家Wikipediaから。

1871年11月30日生、1944年4月29日没。ソヴィエトは1918年までユリウス暦を使っていましたが、誕生日はグレゴリウス暦に換算したものです。ユリウス暦で言うと11月18日です。

1939年にはウクライナ連邦共和国人民芸術家(People's Artist of UkSSR)の称号を得ています。同じ1939年から晩年はソ連共産党員でした。

生まれは今で言うウクライナの首都キエフに近いルィーポヴェツィ。ワルシャワに移ってスタニスワフ・バルツェヴィチの教えを受けます。バルツェヴィチはポーランド生まれ、モスクワでピョートル・チャイコフスキーその人から直接教わった、生粋の東欧人です。ストリャルスキーはのちにオデッサに移って、作曲家としても知られるエミル・ムイナルスキに教わります。ムイナルスキはアウアーの弟子なので、ストリャルスキーにもアウアーの血が入っていると言えますが、まあその点は軽く見ておくのが話としては簡単になると思います。理由は3点。

  • 当時の有力なバイオリニストはほとんど例外なく、直接間接にアウアーに教わっている。
  • ストリャルスキーは後述のごとく、ジンバリスト一門などの西欧系スクールとはかなり独立した一門を形成する。
  • ストリャルスキー一門は主にソヴィエトなど東欧地域を中心に活動している。

そんなわけで、ストリャルスキーの主成分は東欧であるということにしておきます。

ストリャルスキーは21歳か22歳の1893年オデッサ音楽学校を卒業します。同じ1893年のうちにはオデッサ・オペラハウス・オーケストラのメンバーに。1898年からは教職に就いています。1912年には自分の学校を持つに至った…とありますが、それが1933年開校のストリャルスキー音楽学校の前身なのかはちょっと検証が大変そうなので飛ばします。今回は長丁場なので。

1919年からはオデッサ音楽院の教職、1923年には教授に。さらにオデッサ・バイオリン演奏学校とソヴィエトバイオリン学校の創設にも参画します。

教育者ストリャルスキーの業績は、1935年に花開きます。ヴィエニヤフスキー国際バイオリンコンクールで、ストリャルスキーの教え子のダヴィート・オイストラフが2位、ボリス・ゴリトシュテインが4位とダブル受賞を果たしたのです。このときジネット・ヌヴーが優勝しているわけですが、ヌヴーには飛行機事故で早世したという以外にこれといった話題性も魅力もなく、なぜか人気のブラームス協奏曲を聞いても「なぜ??」という印象しかないのは周知のとおりです。

かたや、ストリャルスキーの弟子たちは1937年にもう一度波を起こします。ウジェーヌ・イザイ・コンクール、つまり今のエリザベート王妃国際音楽コンクールの前身にあたる大会で、またもストリャルスキーの教え子が上位を独占します。

ストリャルスキーの教育方針は、ごく小さい天才児を相手に早いうちから高度な内容を教え込むというものだったようで、ストリャルスキー音楽学校にも(天才児のための)という枕詞がついています。

Wikipediaにはストリャルスキーが労働赤旗勲章をもらったともありますが、ここも詳細不明です。

ストリャルスキーに教わった重要人物のひとりに、ナタン・ミルシテインがいます。ただミルシテインは同時にアウアーの直弟子でもあったり、のちにアメリカに移住したりと、ちょっと異色の経歴を持っています。あとは僕が個人的に好きすぎるというわけもあって、ミルシテインはいずれ別項目で語りたいと思います。

ここでは東欧にとどまり「ストリャルスキー系列」とでも呼ぶしかない一派を形成した人々を駆け足で紹介します。

ダヴィート・オイストラフ

世の中的には「ポスト・ハイフェッツ」は誰かと言われればダヴィート・オイストラフ(David Fiodorovich Oistrakh)ではないでしょうか。日本語版Wikipediaでは項目名が「ダヴィッド」となってますが、本文では「ダヴィート」で綱引きがあるようです。

ロシア語のДавидは、ロシア語がわからないのでこういうのを聞いて「ダヴィートかなあ…」と思っていますが、Wikipediaの中ではかなり揺らぎつつ「ダヴィト」がやや人気ですね。ついでにイーゴリ・オイストラフの名前がなぜかДавид Дави́дович Ойстрах(ダヴィート・ダヴィトヴィチ・オイストラフ)と書かれてるのも見つけてしまいました。イーゴリどこ行った。

Legendary Chamber Masters

Legendary Chamber Masters (Amazon)

Legendary Chamber Masters (iTunes)

オイストラフがはじめての人におすすめの一枚がこれ。なんせ67曲6時間入ってお値段たったの900円なので。

僕はト短調シャコンヌ、通称ヴィターリのシャコンヌが好きです(本当はヴィターリ作じゃないとか知ってますのでそういうくだらないツッコミはなしでお願いします)。

あとサラサーテの「ナヴァラ」も好きです。

ダヴィート・オイストラフはどんな人?

オイストラフは日本でも大人気なのでここで詳しく紹介する必要はないでしょう。「これぞストラディバリウス」という感じの明るく優しい音色を出す人です。

オイストラフ演奏家としても大人気でしたが、教育者としてもバイオリン史上重要な位置にいます。

オイストラフは東欧系スクールの頂点としてストリャルスキーの次世代を担いました。オイストラフに教わった人で有名な例を何人か挙げます。

オレグ・カガン

オレグ・カガン(Oleg Kagan)は日本でも人気が高い人ですが、僕はあんまり好きじゃないです。というかオイストラフ門下生に好きな人がほとんどいません。

1965年のシベリウスで優勝、1966年のチャイコフスキーで2位、1968年のバッハで優勝してます。Wikipediaにはジョルジェ・エネスク国際音楽祭で入賞したとも書いてありますが詳細不明です。

カガンの演奏は震える高音とかでナルシシスティックに聞かせるタイプです。デュメが好きな人はカガンも好きだと思います。デュメが好きな僕がなぜカガンは好きじゃないのかとなると説明に困りますが、デュメにはどこか振り切った厨二感と言わんか、「チープでも人気こそが正義なのである」という種類の割り切りがあるような気がします。カガンはカラヤンとかホロヴィッツが幅を利かせてた時代の人なので、そっち方面のノリでなんとなく行けちゃったんじゃないかと思います。

あとカガンは全体にあんまりうまくない気がします。とか言うと詳しい人に怒られそうですが。普通に音程外したりしてるような。スヴィアトスラフ・リヒテルと組んでたわりにはヌルい感じです。リヒテルは神だと思いますが、そのリヒテルがなぜカガンと組む気になったのかわかる境地を目指していきたいと思います。

ギドン・クレーメル

ギドン・クレーメル(Gidon Kremer)は言わずと知れた、現役バイオリニストの中で世界最強クラスの影響力を持っている人。人気で言っても、クレーメルより上はイツァーク・パールマンとかそういう方向性しかないんじゃないかという気がします。

1967年のエリザベートで3位、1969年のパガニーニと1970年のチャイコフスキーでは優勝してます。

マーラーのピアノ四重奏曲とかの録音は僕も好きです。ほかにもギュンター・グラスとシニートケとか、クレーメルが決定盤かなと思う曲があります。

レコード店なんかでずらっと並ぶ「クレーメル」の行列を見ると、「クラシックはSEOだ」と思わされます。クエリボリューム(曲の知名度)×検索順位(流通している録音の中で一番人気になれるか)の総和がサイトのアクセス数(演奏家の人気)になるわけで、クレーメル知名度がやや低めの曲でも決定盤になれるものをたくさん見つけて録音し、存在感を積み上げていったんじゃないかと思います。

別にクレーメルがせこい手で稼いだと言いたいわけではありません。同じことはハイフェッツオイストラフもやってます。ハイフェッツスコットランド幻想曲を流行らせたのなんて、見ようによっては自作自演みたいなものですが、「ハイフェッツが演奏してるからいい曲に違いない→いろんな人が演奏→やっぱりハイフェッツはすごい」というサイクルを回すまではやっぱりそう簡単ではないわけで、確かにスコットランド幻想曲は素朴な意味で「知られざる名曲」だったのでしょうし、大勢の人が演奏しても色褪せないハイフェッツの演奏は素朴にすごいと言うべきでしょう。クレーメルもそういう立場にいるのだと思います。

ただクレーメルが演奏したからミェチスワフ・ヴァインベルクが流行るかとなるとちょっと疑問を感じます。

僕個人としては、クレーメルは全体になんか雑な感じの演奏が多くてあまり好きではありません。マーラーは好きと言いましたが、そのマーラーにしても真面目に聞くとけっこう粗が目立ちます。クレーメルの演奏スタイルにはミッシャ・マイスキーとかと似たイメージを持ってます。

エミー・ヴェルヘイ

オランダのヘルマン・クレバース門下生として語ったほうがよさそうな人。僕はクレバースは好きですが、弟子のヴェルヘイはあまり好きじゃないです。「やっぱりオイストラフ門下は…」と思ってしまいます。

イーゴリ・オイストラフ

ダヴィートの後を継いで、東欧系のバイオリン界で大きな影響力を持った人。ですが、僕はイーゴリにもあまりいいイメージを持ってません。イーゴリ自身の演奏も好きじゃないし、弟子にも1970年のシベリウスで優勝したリアナ・イサカーゼとかがいますが、やっぱり好きじゃない…。

エリザベータ・ギレリス

オイストラフから離れて、再びストリャルスキーの弟子のエリザベータ・ギレリス(Elizabeth/Elizaveta/Yelizaveta Gilels)について。

名前でピンと来る人は…というか、わかる人は説明しなくても知ってると思いますが、エリザベータはピアノで一世を風靡したエミール・ギレリスの妹です。そしてレオニード・コーガンの奥さんです。

コーガンが惚れ込んだとなればどんな天才的な…と思うと拍子抜けする、他方エミールの妹ならさぞや…と思っても拍子抜けする、大したことない人です。

ボリス・ゴリトシュテイン

1937年のイザイで世を驚かせたうちのひとりですが、ほかの業績はあまり知られていないようです。のちにドイツに移住して教職に着きます。注意するべきは教え子のひとりにザハール・ブロンがいるという点でしょう。

ブロンはわりとあらゆる人に教えを乞うている人なのですが、曲がりなりにもアウアー系であるガラミアン=ディレイ門下の出自を持つ一方で東欧系からも学んでいるというのがちょっと変わったポイントです。

ミハイル・フィフテンホルツ

演奏家としての業績はゴリトシュテインと同じくあまり知られていないようです。ヨシフ・スターリンの時代に政府高官の娘と結婚したところ、義理の親が粛清されたことから巡り巡って神経を病んでしまい、演奏活動休止を余儀なくされ、しかし精神科医の治療を受けて23年越しに復活…という波乱の人生を歩んだ人です。

ストリャルスキーを語らずしてロシアのバイオリンを語るなかれ

以上、ピョートル・ストリャルスキーの弟子筋のバイオリニストから若干名を紹介しました。

オイストラフとかクレーメルとか、伝説的と言われる人々のルーツにストリャルスキーがいたことをわかってもらえたかと思います。

注意深い方は「オイストラフから下でよくね?」と思われたかもしれません。僕がストリャルスキーまで遡りたい理由は、ミルシテインがいるからです。ミルシテインオイストラフは兄弟弟子だったと言えば、「あーそういえば…」となりませんか?また、この時代のアウアー門下生の中でもミルシテインがどこか違った雰囲気を持っているのも、「ストリャルスキーに教わったから」という観点で見てみれば面白いのではないかと思うのです。

ミルシテインの話を始めてしまうと締められないのでこれぐらいにしておきましょう。

ともあれ、ピョートル・ストリャルスキーは、現代東欧系のバイオリニストの系譜を語る上で決して忘れてはいけない人です。ストリャルスキーに言及することなくオイストラフクレーメルを語るのは片手落ちだと思います。

ディラーナ・ジェンソン

ディラーナ・ジェンソンは、「ヤッシャ・ハイフェッツ以来」と呼ばれる実績に比べて、日本ではあまりに知られていないと言うべきでしょう。

 

ショスタコーヴィチ:バイオリン協奏曲第1番/バーバー:バイオリン協奏曲

Dylana Jenson, Violin (Amazon)

Dylana Jenson (iTunes)

ディラーナ・ジェンソンのおすすめの一枚。鮮明なスタイルで気っ風のいい個性が現れていると思います。2008年収録。

経歴で説明しますが、使用楽器はグァルネリ風モデルでサミュエル・ジグムントヴィチが1995年に作ったものです。ストラドやグァルネリに比べると、音符の境界がカタカタ鳴っていて、たとえばアリーナ・ポゴストキーナがやるような細かく揺れ動く芸はほとんど不可能な楽器だな、と思わされます。むしろミーハーリスナーとしては「聞き慣れた楽器の音」とはっきり違うことに面食らいます。

しかし、ジェンソンの演奏スタイルはその楽器の特性を活かしている。と言うより、時系列としては、ジグムントヴィチがジェンソンのスタイルを引き立てられる楽器を作ったと言うべきでしょうか。曖昧なディミヌエンドも、弱音が細かいデュナーミクも、必然性のないポルタメントも一切使うことなく、すべてをくっきりはっきりさせる。そして音色には塵一つない。師匠のナタン・ミルシテインが乗り移ったような演奏だと思うのです。

参加アーティスト

曲目

  1. Shostakovich Violin Concerto No. 1 in A minor, Op. 99: I. Nocturne
  2. Shostakovich Violin Concerto No. 1 in A minor, Op. 99: II. Scherzo
  3. Shostakovich Violin Concerto No. 1 in A minor, Op. 99: III. Passacaglia
  4. Shostakovich Violin Concerto No. 1 in A minor, Op. 99: IV. Cadenza
  5. Shostakovich Violin Concerto No. 1 in A minor, Op. 99: V. Burlesque
  6. Barber Violin Concerto, Op. 14: I. Allegro
  7. Barber Violin Concerto, Op. 14: II. Andante
  8. Barber Violin Concerto, Op. 14: III. Presto in moto perpetuo

ディラーナ・ジェンソンとは?

例のごとく本家Wikipediaから。

ディラーナ・ジェンソンはアメリカのバイオリニスト、バイオリン指導者。1961年5月4日生まれ、ロサンゼルス出身。2016年現在は夫とともにミシガン州グランド・ラピッズ在住。夫は指揮者のデイヴィッド・ロッキントン。ディラーナの姉にアニメーション映画監督のヴィッキー・ジェンソンがいます。

上のタコとバーバーで指揮者は商品情報に記載がないのですが、2010年のインタビューによればロッキントンである模様です。

生い立ち

ディラーナは母の指導のもと、2歳10か月でバイオリンを始めました(ハイフェッツより早い!)。

以後、マヌエル・コンピンスキー、ナタン・ミルシテイン、ジョセフ・ギンゴルトに教わります。

ミルシテインはご存知のとおり、西欧系のレオポルト・アウアーと東欧系のピョートル・ストリャルスキーの両方から直接教わったという面白い出自の人ですね。ギンゴルトは胡乃元(フー・ナイユアン)の師匠でもあり、ウジェーヌ・イザイの弟子筋。コンピンスキーはちょっと調べると面倒そうで、日本語サイトでは「アウアーに教わった」という記述も見つけましたが、まあ英語サイトを信じておくとするとイザイの弟子です。

ディラーナ・ジェンソンは世間的には「ミルシテインの弟子」で通っているようなのですが、イザイの血も受けていると思うとちょっと面白くなります。確かにミルシテインよりさらに気難しく、どことなく土臭い感じは胡乃元とも似ているような…。

とはいえ、やっぱり「ミルシテインの弟子」という面は強いようです。インタビューによれば10歳か11歳のころイツァーク・パールマンに教えられて指の使い方を変えたあと、ミルシテインに教わることが叶ってみればなんとミルシテインの指使いはディラーナが昔やっていた方法だったため、ディラーナはパールマンの教えをさっさと捨てて昔の指使いに戻したとのことです。当て馬役のパールマンがいい仕事をしているエピソードです。

8歳でデビュー、17歳で記念碑的受賞

ディラーナは8歳でメンコンを弾いてデビューします。11歳でシンシナティ交響楽団とともにチャイコンを上演。

13歳までにはエイヴリー・フィッシャー・ホール(今のデイヴィッド・ゲフィン・ホール)でニューヨーク・フィルと共演したほか、Los Angeles Symphony とも共演…とWikipediaには書いてあるのですが、これがロサンゼルス・フィルハーモニーのことなのかどうかは未確認です。

続いてヨーロッパ、ラテンアメリカソ連でも演奏。1978年のチャイコフスキー国際コンクールでは、アメリカ出身の女性として現在に至るまで最高位の銀賞(この年は金賞をエルマー・オリヴェイライリヤ・グリュベールIlya Grubertの2人が取っているので、銀賞を「2位」と言うと違和感があります。銀賞もルーマニアのミハエラ・マルティンMihaela Martinと分け合っています)。なお、チャイコフスキーで優勝したアメリカ人は史上オリヴェイラただひとりで、ほかに銀賞を取ったユージン・フォドア、ジェニファー・コー、川久保賜紀と比べると当時17歳だったディラーナは受賞時最年少です(ジェニファー・コーは年齢不詳ですが、バイオリニストになる前に大学を卒業しているので17歳は越えていたものと思われます)。1978年はチャイコフスキー史上最もアメリカ人が勝った年になりました。

世界的プレイヤーとして

ディラーナは1980年12月9日にカーネギー・ホールにデビューします。曲目はシベリウスの協奏曲で、ユージン・オーマンディ指揮のフィラデルフィア・オーケストラと共演でした。

1981年にはシベリウスサン=サーンスオーマンディフィラデルフィアとともに録音し、翌1982年のグラミー賞にノミネートされます。これがのちにエドワード・ダウンズが「ハイフェッツ以来右に出る者がない」とするほどの好評につながっていきます。

シベリウスの録音で、使用楽器は1743年製のグァルネリ・デル・ジュスでした。個人篤志家のリチャード・コルバーンから長期貸与されていたものです。ところが、ディラーナが結婚するつもりであることを伝えたとたん、コルバーンは「あなたはキャリアに責任を持っていませんね」というセクハラ発言とともに、直ちにグァルネリを返還することを求めました。コルバーン自身はのちに9回結婚している人なのですが…。

グァルネリを失ったディラーナですが、すでに名声は確立しています。助けの手を差し伸べたのがヨーヨー・マ。1995年、マはディラーナをサミュエル・ジグムントヴィチに紹介します。ジグムントヴィチは、ストラディバリウスやグァルネリの音色に似せたバイオリン制作で有名な人。WikipediaのDylana Jensonのページには、アイザック・スターンジョシュア・ベルのバイオリンを作ったことを書いてありますが、日本人的にはエマーソン弦楽四重奏団の4人がみんなジグムントヴィチを使っていることのほうが知られているようです。今も現役で、55,000ドル出すと2年で新作を作ってくれるらしいですよ。そのジグムントヴィチが作ったのが、冒頭のタコの録音にも使われたグァルネリ・モデルというわけです。

2000年、ディラーナはグランド・ヴァリー州立大学の特別教授に就任します。しかし以後2014年までに退任している模様です。演奏家としても来日公演を含めて着々と活動を続けています。

ミルシテインが好きならディラーナ・ジェンソンは見逃せない

ディラーナ・ジェンソンの魅力は、一見無愛想ながらきわめて上品な演奏スタイルにあると思います。「貴公子」ミルシテインの思想はこういうふうに弟子に継がれたのかと思うと胸が熱くなります。高い音に飛ぶときに音程が怪しくなるのも師匠と同じ…というのはさすがに思い過ごしかとも思いますが、なにしろ「ミルシテインの弟子」だと思って聞いているので、何もかもミルシテインに聞こえてしまいます。

ディラーナ・ジェンソンを勧めたい人は、何と言ってもナタン・ミルシテインが好きな人です。上品なバイオリン、楽器に頼らないバイオリン、ひたすらに美しい音色を聴かせるバイオリンに出会いたい人はぜひディラーナ・ジェンソンを聞いてみてください。

ダニエル・ハイフェッツ

ダニエル・ハイフェッツほどの重要人物が日本で知られていないのはちょっと異常事態だと思います。30年以上のキャリアがあり、ハイフェッツ国際音楽大学創始者で、今も上海アイザック・スターン国際バイオリンコンクールの審査員を務めているのですが。

 

チャイコフスキー:バイオリン協奏曲

ダニエル・ハイフェッツiTunes日本語版では聞けないようなので(僕はいつもiTunesで聞いているので…)、Youtubeから。

https://www.youtube.com/watch?v=t78PeDf8TgM#action=share

 

ライブ録音の質があんまり良くないのですが、金属っぽい軋みの多い音色で、ストリンジェントを強調して激しく迫る雄々しい系の演奏なのがわかります。軋みが多いという点ではかなり徹底しています。チャイコンなので多少とも似た演奏はどこかで聞いているはずですが、普通なら優しく流しそうなところもガリっと削り取ってます。

オケも導入はふわっとしてますが、サビはピキピキしてますね。

※追記。ダニエル・ハイフェッツ1990年ごろに演奏家としては引退しているようです。インタビュー記事によれば、生まれつき両側の尺骨神経溝が浅く、1980年代に演奏中に小指が動かなくなったり感覚がなくなったりする症状が現れ、手術をしてもさほどの改善がなかったとのこと。

ダニエル・ハイフェッツとは?

ダニエル・ハイフェッツは1948年11月20日生まれ。南カリフォルニア出身。

ダニエル・ハイフェッツの先祖は…

母ベツィ・バロンはドイツから亡命してきたユダヤ人です。父ミルトン・ハイフェッツはのちに高名な脳神経外科医になるのですが、ダニエル誕生時はまだ医者になりたての青年でした。ミルトンは1970年代に脳動脈瘤クリップの開発に携わり、その成果は「ハイフェッツクリップ」として全世界で圧倒的なシェアを誇りました。のちに名古屋大の杉田虔一郎が「杉田クリップ」を開発してその牙城を崩していきます。とはいえ、脱線はこれぐらいにしておきましょう。

ダニエル・ハイフェッツは「あの人」の孫か?

大事な話をします。ミルトン・ハイフェッツの父オスカーは、ウクライナポグロム(虐殺)を逃れて亡命してきたユダヤ人でした。

はい、ダニエル・ハイフェッツヤッシャ・ハイフェッツの血縁者ではありません

いま「ダニエル・ハイフェッツ」で検索すると1位にヒットする個人ブログでは「ハイフェッツの孫」と勘違いしてますが、違います。歳はちょうど孫ぐらいなんですけどね…。というか孫だったらもっと日本でも知られてたのかもしれません。

勘違いしたのは日本人だけではないようです。2015年にミルトンが亡くなったときの記念記事によれば、ミルトンの長男のローレンス(つまりダニエルの兄)も医師として大成するのですが、絶えず「バイオリニストのハイフェッツか、医者のハイフェッツか?」と尋ねられたとあります。いわんや、ヤッシャ存命中に歳が近かったミルトンは何かにつけて「兄弟か?」などと言われたに違いないこと、察するに余りあります。

でも音楽一家

ミルトン・ハイフェッツの子の三兄弟は、ダニエルだけでなくみんな音楽ができるようです。ローレンスもピアノを嗜んでいてアマチュアバンドで演奏しているとか、三男のロナルドはチェロができてベツィの85歳の誕生日には3人でメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲を演奏したとか、なんかすごい一家です。

ちょっとハイフェッツ一家が面白すぎて脱線が続いてますが、大事なことなのでもう一度言うとダニエル・ハイフェッツヤッシャ・ハイフェッツの血縁者ではありません

まあヤッシャ・ハイフェッツに象徴される「ユダヤ人が強い時代」を構成した一人としてダニエル・ハイフェッツを数えることもできなくはないと思います。ダニエルはエフレム・ジンバリストの弟子なのですが、ジンバリスト門下でも有数の成功を収めています。

ダニエル・ハイフェッツの音楽歴

本題に戻りましょう。ダニエルは6歳でバイオリンを始めます。

16歳で、カーティス音楽院のジンバリストに弟子入り。カーティスに入れた理由は「ハイフェッツがここで学んだ」という宣伝になるから…という噂だか冗談だかが当時生まれた模様です。

師匠のジンバリストはアウアーの弟子なので、ヤッシャ・ハイフェッツから見るとダニエルは甥弟子とでも言いましょうか。そんな言葉があるのか知りませんが。

ともかく、上のチャイコンにしても、アウアー系と聞けば「そうだよね」と思える、メカニックが安定してかっちりした印象があります。

ジンバリストと同じ時期にヤッシャ・ブロツキーにも教わっています。ヤッシャ・ブロツキーはリュシアン・カペーの弟子ということでイヴァン・ガラミアンと同門。

きな臭い名前が出てきましたね。悪名高いドロシー・ディレイ→ザハール・ブロン系統の先代に当たるイヴァン・ガラミアン。ジンバリストはダニエルの在学中に退任したらしく、ダニエルは続いてガラミアンの元に学んで卒業を迎えます。

さらに近い時期にはヘンリク・シェリングのお世話にもなっています。大変な可愛がられようですね。ジンバリスト+ガラミアン+シェリングってこの時代に持てる師匠としてわりと最強である気がします。ほかにいるとすればギンゴルトぐらいですかね…。

まあミーハーな話を控えるにしても、ポップ系のガラミアンと渋い系のシェリングの両方から教わったというのはちょっと珍しいポイントかもしれません。

そしてダニエルの可愛がられ話はまだ続きます。シェリングの紹介で、ダニエルはなんとダヴィート・オイストラフに紹介されるのです。

これってすごいことですよ。

ガラミアンはカペーの弟子とはいえ、もともとはアウアーの孫弟子です。ジンバリストと並んでアウアーの血筋です。シェリングはティボーの弟子なので、つまりこの三人はみんな西欧系のスクール出身です。

オイストラフ門下の(というか正確にはストリャルスキー門下の)東欧系スクールは活動の中で西欧系と交流しつつも、系譜の上ではわりと独立を保っています。数少ない例外がナタン・ミルシテインです。ミルシテインはアウアーとストリャルスキーの両方から教わっているので。

で、そういう「門外」のオイストラフにキャリアの早い段階でつないでもらえたというのは、ダニエル・ハイフェッツシェリングはじめ西欧系スクールから篤い期待をかけられていたことを物語っているのでしょう。さらにオイストラフの紹介でダニエルはソロモン・ヒューロックという仕掛け人に出会い、実はこのヒューロックがいろいろなことの鍵を握っているようなのですが…、話が広がりすぎているので今日はこのぐらいにしておきます。ソロモン・ヒューロックも面白い人のようなのでいずれ調べてみます。

1969年、ダニエル20歳か21歳の年に、メリーウェザー・ポスト・コンクールで優勝。1978年にはチャイコフスキー国際コンクールで4等賞を取っています。そしてそのときの賞金を、アレクサンドル・ギンズブルクとナタン・シャランスキーの家族に寄付しています。この2人はソビエトで反体制の廉で投獄されていたというのですが…、やはり切りがないので深入りは避けておきます。同じユダヤ人として、ということかと思います。

ダニエルは教職としてジョンズ・ホプキンズ大学、カーネギー・メロン大学メリーランド大学カレッジパーク校を歴任します。

そして1996年、ついにハイフェッツ国際音楽大学の創設に至ります。

えーと、大事なことなので3回目ですが、ハイフェッツ国際音楽大学ヤッシャ・ハイフェッツゆかりの大学ではありません。ダニエル・ハイフェッツが作った大学ですのでよろしく。

ハイフェッツ国際音楽大学はもとより、創設者のダニエル自身も今日に至るまで世界的な存在感を保ち続けているようです(日本を除いて)。

ちょっとハイフェッツが有名人すぎて調べるといろいろ出てきすぎるのですが、切りがないのでこれぐらいにしておきます。いずれこのページに追記するかもしれません。

ハイフェッツ原理主義者に一泡吹かせよう!

ダニエル・ハイフェッツの演奏はかなりハードコアな漢気系です。むさ苦しいまでに漢気溢れる演奏が好きな人におすすめです。

そうでもない人も、ダニエル・ハイフェッツという名前はぜひ覚えておいてください。

そもそも国際的に重要な人物ですし、何よりハイフェッツです。

ハイフェッツ原理主義者を見つけたら、「チャイコフスキー国際といえばハイフェッツが賞金をさー…」などとことさらに話してあげましょう。「え、ハイフェッツの時代にチャイコフスキー国際はまだないんじゃないの?」という反応があったら「あ、ヤッシャじゃなくてダニエルのほうね」と煽ってあげましょう。「ああ、そっちか…」と知ったかぶってきたらチャンスです。「ダニエルって偉いよね。あの父親がいるんだから、七光りで成り上がっていくルートもあったはずなのにねー」とでもなんとでも追撃していけば、原理主義者が「えーと、その父親ってヤッシャ・ハイフェッツのこと…?」と聞かざるをえなくなるまで秒読みです。

セルゲイ・クリロフ

なぜか日本でだけ知られてないバイオリニストと言えば、セルゲイ・クリロフが代表格ではないでしょうか。

ロストロポーヴィチが「セルゲイ・クリロフは現代のバイオリニストでトップ5に入る」と絶賛したことでも知られる人なのですが。

 

モーツァルト:バイオリン協奏曲第5番「トルコ風」/タルティーニ:バイオリン・ソナタ「悪魔のトリル」

クリロフでおすすめの一枚がこちら。

Mozart: Violin Concerto No. 5 in A Major "Turkish" - Tartini: Violin Sonata in G Minor "Devil's Trill" (CD)

https://itun.es/jp/h221_iTunes

モーツァルト:バイオリン協奏曲第5番

演奏者はこちら。

  • セルゲイ・クリロフ - Sergej Krylov(バイオリン)
  • リトアニア室内管弦楽団 - Lithuanian Chamber Orchestra
  • サウルス・ソンデツキス - Saulius Sondeckis(指揮)

ソロが始まった瞬間「え?」となってしまう独特の音色が魅力です。堀米ゆず子の演奏法と少し似てるような気がします。

僕はにわかなので表現を知らないのですが…、ガットっぽいなめらかでケバのない音色が一貫していて、ノートの境界は常に角を立てずさらりと移行します。

楽器は何を使ってるのかわかりません。堀米ゆず子はグァルネリですが、比べて聞くとクリロフのほうが響きが浅いようです。ツルツルした感じが演奏法とよく噛み合ってるようにも思います。

タルティーニ:バイオリン・ソナタ ト短調 「悪魔のトリル」(H. カウダーによるバイオリンと管弦楽編)

  • セルゲイ・クリロフ - Sergej Krylov (バイオリン)
  • リトアニア室内管弦楽団 - Lithuanian Chamber Orchestra
  • サウルス・ソンデツキス - Saulius Sondeckis (指揮)

モーツァルトと同様、ツルツルした演奏です。たとえばミルシテインの「悪魔のトリル」と聞き比べても、「貴公子」ミルシテインが荒っぽく思えるぐらい、クリロフはクールです。そしてきわめてエキゾチックです。もっちりしてます。

もっちりと言ってもわからないと思いますが…、ディテールが省略されているだけ骨格の印象が強く、特にデュナーミクが安定してるという意味です。聞けば聞くほど、腰が据わった感じがじわじわ来て楽しくなってきます。

セルゲイ・クリロフとは?

以下英語版Wikipediaを参照しつつ。

セルゲイ・クリロフはロシアとイタリアのバイオリニスト、指揮者。1970年12月2日生まれ。当時ソ連のモスクワ出身。セルゲイはWikipediaの中だけでもSergei、Sergey、Sergejと揺れてますが、マネジメント会社のサイトによればSergejのようです。

父はバイオリン製作者、母はピアニストという音楽一家に生まれました。

バイオリンを始めたのは5歳。1年後には(6歳で!)コンサートを開いています。10歳までにはモスクワ音楽院に入ってオーケストラデビューを果たしました。16歳でレコードも出しています。

…バイオリニストの経歴ってこういう感じのが多いですよね。ヤッシャ・ハイフェッツは5歳でアウアーに弟子入りし、7歳でメンコンでデビューしたと言いますから、それに比べればクリロフはまあ、あるかなって範囲じゃないかと思います。

クリロフはその後順調に世界で活躍を続けます。

  • 1989年 ロドルフォ・リピツァー賞優勝
  • 1993年 チリ批評家賞「年間最優秀外国人演奏者」
  • 1997年 チリ批評家賞「年間最優秀外国人演奏者」(2回目)
  • 1998年 アントニオ・ストラディバリ国際バイオリン競技会優勝
  • 2000年 フリッツ・クライスラーバイオリン競技会優勝

演奏した国、数知れず。東京にも何度か来ているようですが、なぜか日本ではさほどの人気がない模様。

共演したオーケストラはシュターツカペレ・ドレスデンほか。

共演した指揮者にはワレリー・ゲルギエフ、ウラディミール・アシュケナージ、ミハイル・プレトネフ、ファビオ・ルイジ、ユーリ・バシュメットなど。

室内楽でミッシャ・マイスキーと共演したこともある模様。今井信子とも共演してます。

2008年からはリトアニア室内管弦楽団の主席指揮者に。

2012年にはスイスのルガーノ音楽美術大学の教授になっています。

イカラ趣味だけじゃないクラシックを聞きたい人におすすめ!

セルゲイ・クリロフは、9割がたの日本人が「クラシック」と言われて想像するものとはかなり違った感覚の音楽です。

バイオリンはギシギシきしんで繊細にすすり泣くものだと思ってる人からすれば、クリロフのもっちりしたエキゾチックなバイオリンはピンと来ないでしょう。

しかし、クリロフの演奏を聞くと、バイオリンにはもっといろいろなことができると思わされます。

クラシックと言えば憧れのヨーロッパの伝統で、由緒正しく、お上品で…といったイメージで音楽を消化してしまいたくない人にはセルゲイ・クリロフがおすすめです。

来年1月21日には東京芸術劇場で演奏するらしいので、興味が湧いた方はぜひ。

 

ヴィヴァルディ:バイオリン協奏曲(RV249)/四季/バイオリン協奏曲(RV284)

The Four Seasons, Concertos RV 249 & 284 (Amazon)

Vivaldi: The Four Seasons (iTunes)

追記です。1月21日の公演に思い立って行くことにしてみました。

そんなわけで予習のためもう一枚聞いてみました。ヴィヴァルディはすごい数のバイオリン協奏曲を書いていて、「ニ短調」「へ長調」と言ってもそれぞれ無数にあるので作品番号で呼ばざるをえないようです。

モーツァルトのときのクールな演奏から一変して、若干の軋みを出し、緩急・抑揚もかなり強くなりました。しかしツルツルした音の出し方、特に早弾き部分を淡々と弾きこなすときのしれっとした表情は健在です。

モーツァルトのときは禁欲的なまでに徹底した「なめらかさ」の美意識がありました。禁欲的なあまり、「普通の」クラシックの演奏を聴き慣れた人には物足りなく思えるかもしれない。しかし表現を縛った中にこそ集中して腰の据わった芸を楽しむ余地がある。そんな印象でした。

今回もクリロフ一流のクール芸はそこかしこで顔を出しています。導入のニ短調の3楽章なんてはっきりしています。音の境界を決して荒立てず、音色も強さも急に変えない。ツルツルでもっちりです。

しかし、続いて「春」の有名な出だしの部分はむしろ明るく楽しく、かわいい音を出してさえいる。モーツァルトのときよりはるかに多くの人に愛されそうな演奏に変わっています。「セルゲイ、偉くなったんだな」と思わされます。それでもなおクールな表情は損なわれず、かえって引き立っているように思えます。こういうのを「幅が広がった」と言うのでしょうか。

四季の中では「冬」がお気に入りです。新しいスタイルでシャープに切り込んでいて、ミーハーな言い方をすれば「粉雪が舞うような」透明感と軽やかさがあります。

手元にあるサルヴァトーレ・アッカルドの演奏と比べると、アッカルドは全体にゆっくり、チェンバロを強調した録音で、バイオリンはおとなしめです。そしてやはり「バイオリンの音」が出ています。弦をこする様子、隣の弦に移る様子がはっきり聞き取れます。クリロフは改めてどこから音が出てるのかわからないですね。モーツァルトのとき強烈に感じたことですが、もはやバイオリンの音を逸脱したと言いたい個性があります。録音でもめいっぱいバイオリンを強くしてます。「エキゾチック」から大衆性を獲得して「個性派」に進歩を遂げたクリロフの独特の表現を楽しめるアルバムになっています。

収録曲

  1. Vivaldi: Concerto in D minor for Violin and Strings, Op.4/8 , RV 249 - Allegro-Adagio-Presto
  2. Vivaldi: Concerto in D minor for Violin and Strings, Op.4/8 , RV 249 - Adagio
  3. Vivaldi: Concerto in D minor for Violin and Strings, Op.4/8 , RV 249 - Allegro
  4. Vivaldi: Concerto for Violin and Strings in E, Op.8, No.1, RV 269 "La Primavera" - 1. Allegro
  5. Vivaldi: Concerto for Violin and Strings in E, Op.8, No.1, RV 269 "La Primavera" - 2. Largo
  6. Vivaldi: Concerto for Violin and Strings in E, Op.8, No.1, RV 269 "La Primavera" - 3. Allegro (Danza pastorale)
  7. Vivaldi: Concerto For Violin And Strings In G Minor, Op.8, No.2, RV 315, "L'estate" - 1. Allegro non molto - Allegro
  8. Vivaldi: Concerto For Violin And Strings In G Minor, Op.8, No.2, RV 315, "L'estate" - 2. Adagio - Presto - Adagio
  9. Vivaldi: Concerto For Violin And Strings In G Minor, Op.8, No.2, RV 315, "L'estate" - 3. Presto (Tempo impetuoso d'estate)
  10. Vivaldi: Concerto for Violin and Strings in F, Op.8, No.3, R.293 "L'autunno" - 1. Allegro (Ballo, e canto de' villanelli)
  11. Vivaldi: Concerto for Violin and Strings in F, Op.8, No.3, R.293 "L'autunno" - 2. Adagio molto (Ubriachi dormienti)
  12. Vivaldi: Concerto for Violin and Strings in F, Op.8, No.3, R.293 "L'autunno" - 3. Allegro (La caccia)
  13. Vivaldi: Concerto For Violin And Strings In F Minor, Op.8, No.4, RV 297 "L'inverno" - 1. Allegro non molto
  14. Vivaldi: Concerto For Violin And Strings In F Minor, Op.8, No.4, RV 297 "L'inverno" - 2. Largo
  15. Vivaldi: Concerto For Violin And Strings In F Minor, Op.8, No.4, RV 297 "L'inverno" - 3. Allegro
  16. Vivaldi: Concerto in F for Violin and Strings, Op.4/9 , RV 284 - Allegro
  17. Vivaldi: Concerto in F for Violin and Strings, Op.4/9 , RV 284 - Largo
  18. Vivaldi: Concerto in F for Violin and Strings, Op.4/9 , RV 284 - Allegro

演奏者

  • Sergej Krylov(セルゲイ・クリロフ):バイオリン
  • Lithuanian Chamber Orchestra(リトアニア室内管弦楽団):オーケストラ

指揮者がクレジットされてないので未確認です。バイオリンを立てている演奏ですが、クリロフの音とかなり趣味が一致しているように思います。

 

思い立って行くことにしてみました。ここを見ている方でもし行かれる方がいれば会場でお会いしましょう。

 

そんなわけで予習のためもう一枚聞いて見ました。

 

ヴィヴァルディ:四季/バイオリンと弦楽のための協奏曲ニ短調

モーツァルトのときのクールな演奏から一変して、若干の軋みを出し、緩急・抑揚もかなり強くなりました。しかしツルツルした音の出し方、特に早弾き部分を淡々と弾きこなすときのしれっとした表情は健在です。

モーツァルトのときは禁欲的なまでに徹底した「なめらかさ」の美意識がありました。禁欲的なあまり、「普通の」クラシックの演奏を聴き慣れた人には物足りなく思えるかもしれない。しかし表現を縛った中にこそ集中して腰の据わった芸を楽しむ余地がある。そんな印象でした。

今回もクリロフ一流のクール芸はそこかしこで顔を出しています。導入のニ短調の3楽章なんてはっきりしています。音の境界を決して荒立てず、音色も強さも急に変えない。ツルツルでもっちりです。

しかし、続いて「春」の有名な出だしの部分はむしろ明るく楽しく、かわいい音を出してさえいる。モーツァルトのときよりはるかに多くの人に愛されそうな演奏に変わっています。「セルゲイ、偉くなったんだな」と思わされます。それでもなおクールな表情は損なわれず、かえって引き立っているように思えます。こういうのを「幅が広がった」と言うのでしょうか。

四季の中では「冬」がお気に入りです。新しいスタイルでシャープに切り込んでいて、ミーハーな言い方をすれば「粉雪が舞うような」透明感と軽やかさがあります。

手元にあるサルヴァトーレ・アッカルドの演奏と比べると、アッカルドは全体にゆっくり、チェンバロを強調した録音で、バイオリンはおとなしめです。そしてやはり「バイオリンの音」が出ています。弦をこする様子、隣の弦に移る様子がはっきり聞き取れます。クリロフは改めてどこから音が出てるのかわからないですね。モーツァルトのとき強烈に感じたことですが、もはやバイオリンの音を逸脱したと言いたい個性があります。録音でもめいっぱいバイオリンを強くしてます。「エキゾチック」から大衆性を獲得して「個性派」に進歩を遂げたクリロフの独特の表現を楽しめるアルバムになっています。

 

追記。このとき行くはずだった公演、キャンセルになってしまいました。残念。チケットは買ってしまっていて、問い合わせたところ払い戻しはできないとのこと。代演の人は知らない人だったので行かなかったのですが、それって買ったときとは全然別の公演なので同じチケットで聞けるというのもおかしな話のような……。そういうものなんでしょうか。

ジェニファー・パイク

ジェニファー・パイクは26歳という若さですでに渋みと上品さのある録音をいくつも残し、各国の作曲家から愛されている人なのですが、残念なことに日本ではあまり知られていないようです。

 

ドヴォルジャークヤナーチェク/スーク:バイオリン&ピアノ曲

ジェニファー・パイクの表情豊かな演奏が聞けるおすすめの一枚がこちら。

Dvořák, Janáček & Suk: Music for Violin & Piano (Amazon)

Dvořák, Janáček & Suk: Music for Violin & Piano (iTunes)

演奏

  • ジェニファー・パイク(Jennifer Pike):バイオリン
  • トム・ポスター(Tom Poster):ピアノ

曲目

  1. Sonata for Violin and Piano, JW VII/7: I. Con moto - Adagio - Tempo I, un poco piu mosso - Meno mosso - Adagio - A tempo - Tempo I - Adagio - Tempo I, un poco piu mosso - Meno mosso - Adagio - A tempo - Meno - Adagio
  2. Sonata for Violin and Piano, JW VII/7: II. Ballada - Con moto – Meno mosso - Tempo I - Meno mosso - Poco mosso - Tempo I - Meno mosso
  3. Sonata for Violin and Piano, JW VII/7: III. Allegretto - Meno mosso - Tempo I - Da capo al fine
  4. Sonata for Violin and Piano, JW VII/7: IV. Adagio - Un poco piu mosso - Poco mosso - Poco piu mosso, rubato con crescente emozione - Maestoso - Adagio - Tempo I
  5. Dumka, JW VII/4
  6. Romance, JW VII/3
  7. Allegro, JW IX/9
  8. 4 Pieces, Op. 17: No. 1. Quasi Ballata: Andante sostenuto - Adagio - Tempo I - Piu mosso - Andante sostenuto - Adagio - A tempo
  9. 4 Pieces, Op. 17: No. 2. Appassionato: Vivace - Meno mosso - Tempo I - Poco piu mosso - Tempo I - Meno mosso - Tempo I - Piu mosso
  10. 4 Pieces, Op. 17: No. 3. Un poco triste: Andante espressivo - Moderato - Tempo I - Moderato - Tempo I
  11. 4 Pieces, Op. 17: No. 4. Burleska: Allegro vivace - Pochettino meno mosso - Andante - Tempo I
  12. 4 Romantic Pieces, Op. 75, B. 150: No. 1. Allegro moderato
  13. 4 Romantic Pieces, Op. 75, B. 150: No. 2. Allegro maestoso
  14. 4 Romantic Pieces, Op. 75, B. 150: No. 3. Allegro appassionato
  15. 4 Romantic Pieces, Op. 75, B. 150: No. 4. Larghetto
  16. Nocturne in B Major, Op. 40, B. 48a

1から7がヤナーチェク、8から11がスーク、12から16がドヴォルジャークです。

あふれる大物感

2014年7月発売で、おそらく直前の録音。演奏者24歳にしてすでに大物感あります。

使用楽器は1708年製のマッテオ・ゴフリラー。ストラディバリ・トラストから貸与されたものです。2015年のアマーティのインタビューでは、「ストラドかグァルネリが屋根裏にあって貸してもいいよって人がいたらノーとは言わないけど」と萌え発言をしています。

音色の変化が豊かな中でもしっかりと筋の通った感じがするのは、節々で抑制が効いているからでしょうか。渋みを出しつつ、きしませた音は嗜む程度です。デュナーミクアゴーギクともに大きめで、その点だけ取れば派手な演奏にも思えますが、音が小さいほうはスッパリと切り落とし、ヴィブラートは大きくゆったりと取っている結果、とてもどっしりと落ち着いた感じがします。相方のトム・ポスターも抑制的でありつつ気の利いた明るい音を出しています。

どの曲もいいですが僕はスークが好きです。

ジェニファー・パイクとは?

以下主に本家Wikipediaから。ジェニファー・パイクはイギリスのバイオリニスト。1989年11月9日生まれ。イギリス人とポーランド人の混血である模様。お父さんは作曲家。Twitter@ViolinJenny 。バイオリンジェニーかわいい。

2002年に当時史上最年少の12歳でBBCヤング・ミュージシャン・オブ・ザ・イヤー競技会で優勝し、その後6年間、2008年にトロンボーンのピーター・ムーアが同じ12歳の6週間差で塗り替えるまで最年少記録保持者でした。なおムーアの記録は2016年現在まで破られていません。

レディ・マーガレット・ホール卒業まで

パイクは5歳でバイオリンを始めました。8歳のときにオーディションを通過してチータムズ音楽学校に入学します。10歳のときにはチャールズ皇太子が聞くコンサートで演奏。協奏曲のデビューは学校のオーケストラとハイドント長調協奏曲を演奏したとありますが、これを「デビュー」と呼ぶべきかは若干疑問を感じますね。

次いでロンドンのギルドホール音楽演劇学校に移り、デイヴィッド・タケノの指導を受けます。デイヴィッド・タケノという人は東京生まれでニュージーランドでデビューしたという変わった経歴の持ち主であるらしく、系譜上どこに位置付けられるのか不明です。

パイクは2012年にオックスフォード大学レディ・マーガレット・ホールを首席で卒業します。卒業時で22歳か23歳。

受賞・演奏活動

BBCの受賞は2002年。チータムズ在学中なのかギルドホールに行ってからなのか、それとも間に別の時期があるのか、ちょっと不明です。受賞した演奏はメンコン、相手はサー・アンドルー・デイヴィス指揮のBBC交響楽団。同じ2002年にはユーディ・メニューイン国際コンクールのジュニア部門で4位。メニューインのほうも年少記録であったようです。

2005年にはBBCロームスで演奏しています。毎年夏開催なのでパイク15歳。

2008年から2010年の間、BBCラジオ3新世代アーティストスキームのメンバーでした。

2012年4月19日にはアンドルー・マンゼ指揮のBBCスコットランド交響楽団とバッハ、ヴォーン=ウィリアムズを演奏したコンサートがBBCラジオ3で放送されました。

2014年8月4日、第一次世界大戦開戦100周年を記念して、ウェストミンスター寺院でヴォーン=ウィリアムズの「揚げひばり」を演奏しています。

受賞歴としてinternational London Music Masters Award、クラシック演奏家として史上唯一のSouth Bank Show/Times Breakthrough Award。

Prince's Trust and Foundation for Children and the Artsのアンバサダー、Lord Mayor's City Music Foundationのパトロン…という横顔もあるらしいのですが、ちょっと固有名詞が詳細不明すぎるので引いただけにしておきます。

共演した指揮者にアンドリス・ネルソンスなど。室内楽で共演した人にアンネ=ゾフィー・ムター、ニコライ・スナイダーなど。名古屋フィルハーモニー交響楽団とも共演したとあるので来日している模様です。

献呈された曲

パイクはHafliði Hallgrímssonのバイオリン協奏曲を献呈され初演しているとあります。問題はアイスランド出身のこの作曲家の名前をどう読むかなのですが、日本語だと「ハフリディ・ハルグリムソン」と書いた例がちょっとだけ見つかります。ただ発音サイトなんかで聞くと「ハブリディ・ハスグリムソン」と聞こえます。

イギリス出身の作曲家シャーロット・ブレイからもScenes from Wonderland「ワンダーランドの情景」という曲を献呈され初演。

オーストラリアのアンドリュー・シュルツからもバイオリン協奏曲とソナチネを献呈されレコーディングし、オーストラリアクラシック音楽賞の「オーストラリアの曲の最優秀演奏」を受賞しています。

ちょっと信じられないぐらいのモテモテぶりですね。1941年生まれのハスグリムソンと1982年生まれのブレイが並ぶというのがなんとも。

ほかの録音

疲れてきたのでディスコグラフィはそのうち気が向けば追記するとして…。

フランク/ドビュッシーラヴェルのバイオリンソナタ集もおすすめです。Amazonが品切れなのでやむなくヤナーチェクのほうを紹介しましたが、こちらも好きなので載せておきます。

Franck / Debussy / Ravel: Violin Sonatas (Amazon)(品切れ)

Debussy - Ravel - Franck (iTunes)

こちらは2011年の作。やはり堂々とした演奏で、フランクなんてむしろ「こんなに雄々しくしちゃっていいのかな…」という感じさえあります。

ヤナーチェクと聞き比べると、ドビュッシーのころは烟るような音色と細かいデュナーミクを使っているのですが、のちに封印したことがわかります。マッテオ・ゴフリラーの音色がピキッと聞こえる方向に進んだという印象です。

いい楽器はストラドとグァルネリだけじゃない

まとめ。

僕がほんのちょっと聞きかじった範囲では、ジェニファー・パイクはストラドとグァルネリ以外の楽器の魅力を最も大きく引き出している人です。

ディラーナ・ジェンソンのサミュエル・ジグムントヴィチも素晴らしいのですが、ジェンソンには「弘法筆を択ばず」と言いたい潔癖さがあるのに対して、パイクは「マッテオ・ゴフリラーでなければこの魅力は出ない」と思わせるシンクロ感があります。

よくある「ストラドなんでそこはひとつよろしく」と言わんばかりの演奏にがっかりしたことがある人におすすめです。